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よみびと

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レフ・トルストイ「イワンのばか」あらすじと解説 岩波少年文庫

レフ・トルストイ作「イワンのバカ」岩波少年文庫のあらすじと解説、感想を述べる。

 

レフ・トルストイの生涯と彼の著作に対する影響

トルストイの生涯 ~前期~

トルストイはロシアの大文豪。

名門貴族出身で、大地主の跡取りとして生まれた。

 

幼少時代は何不自由なく育ち、作家となった。

彼の代表作には、「戦争と平和」や「アンナ・カレーニナ」がある。

 

この記事は「イワンのばか」のレビューなので、

戦争と平和」や「アンナ・カレーニナ」のおおまかなあらすじについては、

Wikipediaの記事を引用したい。

 

戦争と平和』(1864-69)はナポレオン軍の侵入に抗して戦うロシアの人々(祖国戦争[11])を描いた歴史小説であり、500人を越える登場人物が写実主義の手法によってみな鮮やかに描き出されている。『戦争と平和』の主人公ピエール・ベズーホフにもトルストイ自身の思索が反映している。『戦争と平和』で、トルストイはロシアの貴族社会のパノラマを描き出した。

(中略)

アンナ・カレーニナ』(1873-77)は当時の貴族社会を舞台に人妻アンナの不倫を中心に描く長編小説であり、『戦争と平和』に比べより調和に富み、構成も緊密である。『アンナ・カレーニナ』では、社会慣習の罠に陥った女性と哲学を好む富裕な地主の話を並行して描くが、地主の描写には農奴とともに農場で働き、その生活の改善を図ったトルストイ自体の体験が反映している。

 

Wikipedia

両作品とも、

トルストイ自身の貴族としての経験をもとにして書かれた、

当時の貴族と農民の社会的格差が開いていた時代に向けた小説である。

 

トルストイの生涯 ~後期~

人生の晩年、トルストイ共産主義に目覚め、

自らの「貴族」としての優雅な生活に疑問を持った。

 

お金持ちは貧民にお金を分配して平等に暮らすべきではないか?

土地を所有している人と、それに仕える小作人がいるのは不平等ではないか?

 

それから、

自分も財産を捨てて、一介の人間として生きるべきではないか?

と考え始めた。

 

貴族という身分はそう簡単に得られるものではない。

 

ましてや、現在とは違って、

お金の持たない農民から貴族階級まで這い上がることなどできなかったであろう。

 

そのため、

トルストイの「貴族という社会的ステータスを捨てよう」といった考えは、

周囲からは反対を受け、一族からは追放されてしまった。

 

そうして、

一人の農民として生活を送ることになった。

 

その時に書かれたのがこの「イワンのばか」という小説である。

 

イワンのばかのあらすじ

ある農家の家に3人の息子がいた。

それぞれ名前は、セミョーン、タラース、ばかのイワンといった。

そのほかに、口のきけない妹がいた。

 

イワンは、百姓として農業に勤しんでいた。彼がばかと言われるのは、

彼があまりにも素直で、他人の言う事をすぐ信じ込んでしまう性格のためであった。

 

当時、この3人兄弟は、それぞれの国を持つ王様として暮らしていた。

 

だが、幸せに暮らすこの3兄弟の事が気にくわなかった悪魔の親方は、悪さをすることにした。

 

そして、

悪魔の親方が化けた将軍によって、セミョーンの国は他国から攻め込まれてしまい、

悪魔の親方が扮した商人によって、タラースの国はお金に困るようになってしまった。

 

しかし、イワンの国は悪魔の親方にセミョーンやタラースの国がされた同じ手で悪さをされても無事だった。

 

 

なぜなら、

 

イワンの国には兵隊はいないから、他国から攻め込まれても戦う相手がいないために兵隊たちが戦意喪失したのと、

 

イワンの国にはお金という通貨がなく、みんなが自給自足で生活していたからお金に困っていなかったからだ。

 

そして、あまりにも「悪さ」がうまくいかない事を見て、悪魔の親方は業を煮やしてイワンの家に将軍として化けて訪れることにした。

 

 

将軍に扮した悪魔の親方は、手や足を動かすのみで生活する人たちに「頭」を使って働く方法を教えると言った。

 

 

しかし親方の話は、イワンの国の人たちには理解できず、聞き入れてもらえなかった。

 

彼らは、脚や手が疲れた時に、どうやったら頭を使って稲や麦を刈れるのか知りたかったのだった。

 

そんな彼らにとって、悪魔の親方が説明する知識は役に立たないものだったのだ。

 

この本でトルストイが訴えたかったこと

・実際に手足を動かして働く人がいちばん尊くて、その働きは報われるべきである

この物語を通して著者であるトルストイが伝えたかった事って、こういうことなんじゃないかと思います。

 

この記事の冒頭で述べたのは、トルストイが貴族の地位を捨てて一人の農家として生活をし始めたと言う事でした。

 

一生懸命労働をしている人たちが搾取されて、その労働力をお金で買い取っている資本家たちが貴族として優雅な生活を送っている状況。

いわば、経済的な格差が開き、弱いものが搾取される社会と言えるでしょう。

 

トルストイは、この物語の読者に対して、「そんな社会はおかしくないか?」と疑問を持ってほしかったのではないかと思います。

 

現に、本作品は以下の一文で締めくくられています。

 

『ただひとつこの国にはしきたりがあって、手にまめのある者は食事の席につかせてもらえるが、まめのない者は、人の残りものを食べなければいけないのです。』

 

ーー『イワンのばか』レフ・トルストイ作, 金子幸彦訳, 岩波少年文庫

これは、頭を使って人に命令するだけで、欲望に従って生きている人たちを風刺したものだと思います。

 

農業をしている人たちの手は、まめだらけになってしまいますし、その一方で、貴族たちの手は綺麗に保たれている事でしょう。

 

私が『イワンのばか』を読んで感じた事

働くことは確かに尊敬できる。けれどもこの社会で生きていくには考えるべき

先ほど述べた通り、トルストイは人を使って自分は好きなことだけして生きている人たちを風刺した物語です。

確かに、人に不法な税金や貢物をさせて、搾取している構造は変えていかなければなりません。

 

ある一部の人が大勢の人を搾取している構造は歴史を見ても繰り返されてきましたし、

そういった構造が破たんしてきているのも歴史が示す通りです。

 

一部の人が搾取する構造を変えるにはどうすればいいか?

 

私は、この問いに対しては「自分が人を搾取されない側に回る」と言う考えを持っています。

 

これはなにも、その立場に回ったら今度は人を「搾取していけばいい」と言っているのではありません。

 

では、

 

他者を搾取することなく、自分が搾取されないようにするにはどうしたらいいのか?

 

この問いに対して、

以下のブログで私なりに応えていますので、ご覧になってみて下さい。

 

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